ブリキの兵隊とウサギの赤い目


 ブリキの兵隊さんは、その昔、やんちゃな男の子の宝物でした。毎日ブリキのおもちゃ箱の中で寝起きし、仲間たちと勇敢に戦ったり、冒険をしていました。月日が流れ、やんちゃな男の子はやがてものもちのいいおじいさんになりました。ものもちのいいおじいさんは、かつてのものもちのいいおじいさんにそっくりなやんちゃな男の子に、宝物だったブリキの兵隊さんをゆずり渡したのでした。
 新しいやんちゃな男の子の家は新しいマンションでした。子供部屋にはやんちゃな男の子とおしゃまなお姉さんのおもちゃの仲間がたくさん住んでいました。ブリキの兵隊さんは昔より少し黄みがかっていましたが、かつての勇敢な兵隊のままでした。でも、新しい子供部屋には色鮮やかなプラスティックの人形や電車や建物があふれていて、やんちゃな男の子は、ブリキの兵隊さんを古臭い色だと言って気に入りませんでした。ブリキの兵隊さんは何度かおそろしい牙を持った怪獣の人形と戦いましたが、やがてほこりっぽい押入れの中に放り込まれました。
 押入れの中にはやんちゃな男の子やおしゃまなお姉さんが飽きてしまったおもちゃたちがたくさん住んでいました。やんちゃな男の子のおもちゃは傷のついたプラスティックの怪獣や戦隊フィギュアや乗り物ばかりで、おしゃまなお姉さんのおもちゃは綺麗なお人形や可愛らしいぬいぐるみや美少女戦士への変身アイテムばかりでした。暗い押入れの中で、男の子やお姉ちゃんに飽きられても、みんな仲良く、わきあいあいと暮らしていました。
 そんなある日、ブリキの兵隊さんは押入れの隅っこでしくしくと悲しそうな泣き声がするのに気付きました。心配になって様子を見に行くと、そこには、可憐で、美しく、おしゃれに着飾った、小さなぬいぐるみのうさぎさんが哀しんでいました。
「可愛いうさぎのお嬢さん、どうして泣いているのですか」
 と兵隊さんが問いかけると、
「私、寂しいの。お姉さんは私より、もっと新しいうさぎさんに夢中なの」
 と言って、うさぎさんはしくしくと泣き続けました。
 兵隊さんが今まで見てきたぬいるぐるみのうさぎたちは、毛が長く、ふくよかで、おっとりした姿のぬいぐるみばかりでした。でもそのうさぎさんは、小柄で、茶と黒の混じった毛並みは綺麗に切りそろえられ、スマートで、立ち姿も美しく、兵隊さんは、素敵なうさぎさんだなあと思ったのでした。押入れのおもちゃたちはみんな素敵な仲間でしたが、兵隊さんは、このうさぎさんは特別に、自分の手で守ってあげたいなあと思ったのでした。
 うさぎさんは押入れの隅っこでしくしく泣いているばかりだったので、兵隊さんは、
「もっとみんなのいるところにきませんか。お話をしませんか」
 と誘いました。でもうさぎさんはますます悲しそうに泣くのです。
「私、人に姿なんて見せられないわ。目が取れてしまったの」
 見ると、うさぎさんの両目があるはずの場所には何もなく、ただ綺麗に切りそろえられた毛がぺしゃんこになっているだけなのでした。
「でもね、お嬢さん。あなたはそのままでも十分美しいですよ」
 と兵隊さんが言うと、うさぎさんはますますめそめそと泣き出しました。
「そんなことないわ。私、目がないから、お姉さんにも嫌われてしまったのよ。誰にも会いたくないわ」
 うさぎさんはめそめそしくしく泣いているのですが、目がないので涙も出てこないのです。兵隊さんはうさぎさんがとてもかわいそうになって、うさぎさんのなくなった両目を探しに行こうと決意しました。
 深夜、おうちの人たちが寝静まったころ、兵隊さんは押入れからそっと抜け出します。押入れの仲間たちみんなが見送りに来てくれます。これまでの兵隊さんの冒険は、昼間にやんちゃな男の子と一緒にしているものでしたが、今夜からは一人で、真っ暗の中を冒険するのです。まだ見ぬうさぎさんの両目をさがしに。
 兵隊さんは、暗闇の中、やんちゃな男の子が脱ぎ捨てた洋服や、片付けそびれた新しいおもちゃ箱、積み木のお城を飛び越えて、うさぎさんの目を探しに行きました。部屋には色んなものが落ちていて、探すのも一苦労です。やっとのことで見つけた、茶色いボタンのようなものを、兵隊さんは持って帰ってきました。
「綺麗な茶色くて丸い目ですよ」
 と兵隊さんが言うと、うさぎさんは泣き出しました。
「茶色なら、私の目じゃないわ。私の目は、赤色なのよ」
 とうさぎさんは言うのです。兵隊さんは次の日から赤色の目を探しましたが、一向に見つかりません。
 ある日、兵隊さんは、おしゃまなお姉さんが最近夢中だという、新しいぬいぐるみのうさぎさんを見かけました。新しくぴかぴかふわふわで、真っ白な毛並みのうさぎさんでした。そして、まるでルビーのように綺麗な赤い目をしていました。新しいうさぎさんは確かにかわいらしくて美しかったけど、兵隊さんは、押入れのうさぎさんは、もっともっとかわいらしくて、守ってあげたいなあと思うのでした。
 その日、偶然にも、兵隊さんは、うさぎさんの目にぴったりな、まっ黒でまあるい目を二つ、見つけました。兵隊さんは一目で、これはうさぎさんの両目だなあと思いました。だって、兵隊さんは毎日、うさぎさんとお話をして、うさぎさんの両目を探しに行っているのです。だから、これがこの世で一番うさぎさんの目にぴったりな目だと、一目でわかるのです。でも兵隊さんは、押入れに帰っても、それをうさぎさんに渡せずにいました。だって、うさぎさんは、自分の目は真っ赤だと思っているのです。その方がかわいらしくて、赤色の目だったら、またお姉さんに気に入ってもらえると思っているのです。
 だから兵隊さんは、黒い目をポケットに入れたまま、毎晩同じようにうさぎさんの両目を探しにいくふりを続けました。兵隊さんを期待して見送ってくれるうさぎさんがかわいそうでかわいかったからです。
 そんなある日、兵隊さんは真昼間に大怪我をしてしまいました。久しぶりにやんちゃな男の子が押入れから兵隊さんを引っ張り出して、乱暴な扱いをしたために、足が片方もげてしまったのです。ものもちのいいおじいさんの宝物を壊したらお母さんに怒られるからと、やんちゃな男の子は兵隊さんを直そうともせずに、押入れの奥深くに隠しました。兵隊さんは自分ひとりでは動けなくなってしまったので、必死に助けを呼びました。一番最初に気付いたのは、いつも押し入れの一番隅っこにいたうさぎさんでした。
「兵隊さん、ブリキの兵隊さん、どうしたの」
「ああ、うさぎのお嬢さん。昼間に足がもげてしまって、一人では歩けなくなってしまったのです。今日は、あなたの両目を探しに行くことができません」
「なんてことなの! 可愛そうな兵隊さん!」
 足がなくなってしまったのに、痛いのを我慢して、自分の両目の心配をしてくれる兵隊さんの言葉を聞いて、うさぎさんは胸が痛くなりました。
「せめて、もげた足が見つかったら、自分で足を治せるのですが……」
「わたし、兵隊さんの足を捜しに行きたいわ。でも、目がないから何も見えないの」
 うさぎさんは、兵隊さんの力になれない自分が情けなくて、しくしくと泣き出しました。すると、兵隊さんがポケットから何かを取り出しました。
「あなたの探していた赤い目ではありませんが……」
 それは、ブリキの兵隊さんがずっとポケットに持っていた、黒い両目でした。うさぎさんは、差し出された黒い両目を受け取って、自分の目にしました。
 うさぎさんは、ずいぶん前に目が取れてしまってから、ずっと、暗闇の中にいました。兵隊さんから受け取った黒い目をつけた瞬間、とてもたくさんのものが見えました。優しくしてくれたブリキの兵隊さんは、足がなくなってとても苦しそうな顔をしていました。
「私、あなたの足を探してくるわ」
 そう言うと、うさぎさんはぴょんぴょんぴょんぴょん、押入れから飛び出しました。押入れの仲間たちみんなが見送ってくれました。
 押入れの外は、うさぎさんが目をなくす前の世界よりも少しだけ散らかっていましたが、うさぎさんがおしゃまなおねえさんのお気に入りだった頃のままでした。やんちゃな男の子が脱ぎ捨てた洋服と、新しいおもちゃ箱と、積み木のお城をぴょんぴょん飛び越えて、うさぎさんはブリキの兵隊さんの足を探しに行きました。ずいぶん前に、やんちゃな男の子に乱暴されて目が取れてしまった場所を通ったときは、怖い記憶がよみがえって足がすくみました。赤い目の新しいうさぎさんを見かけたときは、悲しくなりました。それでもうさぎさんは、ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん、兵隊さんの足を探しに行きます。本棚の後ろへ、おもちゃ箱の陰へ、ミニテーブルの下へ、一晩中探し続けて、ついにうさぎさんは、ブリキの兵隊さんの足を見つけました。うさぎさんは一目でそれが、兵隊さんの足だとわかりました。だってうさぎさんは、毎日兵隊さんをお話していて、その兵隊さんを助けるために押入れを飛び出したのだから。
 ブリキの足は重かったけれど、うさぎさんは一生懸命押入れまで運びました。
「ありがとう」
 と、ブリキの兵隊さんは言いました。それから、
「ごめんなさい」
 とも言いました。
「僕は、あなたの探していた赤い目を見つけられなかったのに、あなたに足を探させてしまいました」
 と言って、兵隊さんはうなだれました。うさぎさんはぶんぶんと首を横に振りました。
「私、この目があって、良かったわ。だって、あなたの足を探しにいけたもの。ありがとう」
 その言葉を聞いて、兵隊さんはとても嬉しかったのですが、なんだか急に、恥ずかしい気持ちになって、何も言えず、うさぎさんの手をきゅっと握りました。
 うさぎさんも、とてもとても嬉しくなって、嬉しくなったのですが、何故だか涙がぽろぽろと流れてきて止まらなくなりました。
 涙がいっぱい出たので、うさぎさんの黒い目は、ほんのちょっとだけ赤くなったのですが、それはうさぎさんとみつめ合っている兵隊さんにしかわかりませんでした。そして、兵隊さんは、黒い目もかわいいけれど、ほんのちょっとだけ赤くなった目も、とてもかわいいなあと思ったのでした。

この作品は創作競作サイト「てきすとぽい」さん内の「第一回てきすと恋杯」企画に参加したものです。


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