第一章

トナシバ!


「遠慮なさらず、お飲み下さい。あの部屋は冷えましたから」
 にっこりと微笑んで、少女は言った。美冬は目の前のテーブルに置かれたティーカップから湯気が立っているのを呆然と見つめる。良い香りが漂ってきた。紅茶の良し悪しはわからないが、気品のある匂いだと思った。
 確かに、あの部屋は冷えた。紅茶も嫌いではないからありがたい――が。
――高そう。
 このティーカップ。明らかに美冬の自宅にあるその辺のスーパーで購入したものとは格が違う。美しい白色に、なにやら花の絵が描かれている。
 割るのが怖くて触れない。
「じゃ、遠慮なく」
 と言ったのは、もちろん美冬ではない。セルフィだ。
 ふかふかの椅子に体を強張らせて座っている美冬とは対照的に、実にリラックスして隣の椅子に座っている。セルフィは自分の目の前に置かれたカップを取ると、匂いを嗅いでから口をつけた。
「うん、香りも味もいいわ」
「恐れ入ります」
 紅茶を入れてきた少女が、ゆっくりと礼をした。
「それで、どうするんだ」
 テーブルから少し離れた所で、壁にもたれかかっていた黒髪の青年が口を開いた。冷たい声音だと思った。美冬は更に少し体を強張らせた。
「どうって、なにが?」
 セルフィがカップを置いて青年に目を向ける。
「この女。この国の者ではないのだろう」
 そう言って美冬を青年が見つめたので、二人の目が会った。美冬は慌てて目を逸らす。多分、まだ目が腫れている。
「そうねぇ」
 セルフィは全く困った様子もなく相槌を打つと、美冬に目を向けた。
「国外の子を召喚しちゃったのは若干予定外だったけど、そんなに問題じゃないでしょ? 私、アイシアからは細かい注文何もされなかったもの」
「そんな無責任な」
「約束は果たしたわよ。無責任って言われても」
「無責任にもほどがあるだろう。この女に、姫様の――このリクォール王国の王女の代わりをさせるっていうのか」
――え?
 とんでもない言葉が男の口から発せられて、美冬は固まった。
「いいんじゃない? あたしの召喚術に引っかかった子なんだから、素質はあるわよ。ねぇ、あなた、この国の王女になってみない?」
 最後の問いかけは、美冬に向けられたものだった。あまりに突拍子もない提案に、美冬は仰天する。
「ちょ、ちょっと待ってください、私、何がなんだか」
「あの、セルフィさま」
 美冬の言葉に重なるようにして、それまで話を黙って聞いていた少女が口を開いた。
「まずは、状況を説明して差し上げませんか? あまりにも突然な提案ではないかと――」
「それもそうね」 
 セルフィはもう一口紅茶を飲むと、美冬に顔を向けた。
「どこから説明すればいいのかしら? アイシアと私が出会った所からで良いのかしらね?」
「そうだな、そのあたりの話は私達もまだ聞いていない」
 答えたのは、相変わらず不機嫌そうな男だ。
「じゃあ、そうするわ」
 腕を組むと、セルフィは一瞬考え込むようにして――
「あれは、ちょうど3ヶ月前だったわ。私は、野暮用があってこのリクォール王国の都に滞在してたんだけど、ある日私の泊まっていた宿に、客が現れたの」


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