第二章

トナシバ!


 リトと名乗った青年は、ゆっくりと絵梨の方に2、3歩近づいてきて、そのままその場に腰を下ろした。肩膝を立てて、リラックスしている。
「この街はジュノ。リクォール王国の中心になってる町だな。俺もリトも、この辺で野良をやってる。あんたは、どっから来たんだ?」
「つーか、どけよ!」
 朗らかに説明しはじめたリトの言葉の最後に、コウの叫びが重なった。絵梨は少し迷った後、とりあえずこのリトという青年だけは若干信用に値すると判断し、ゆっくりとコウの背中から降りた。そのまま、二人から距離を置くようにして、地面に座り込む。開放されたコウが素早く立ち上がって、服や体についた砂を払い落として、ふん、と鼻を鳴らした。
 リトはそちらには興味をなさそうに、じっと絵梨の顔を見つめている。
「どこって……」
 絵梨はこの問いに対し、どう答えればいいのか迷ってしまった。この街に来る直前にいた場所は、学校の、階段だ。Y高校という名前の学校だ。それはT市にあり、T市は、日本にある。しかし、それをリトに言ったところで、果たして話が通じるのか至極疑問であった。なぜならば、今絵梨がいる場所はリクォール王国というらしいが、そんな国は絵梨は聞いたことはないし、聞いたことがない国で、なぜか日本語が当たり前のように使われているという非常に奇妙な事態が起こっている。ここは、地球ではないのではないだろうか。ならば、どこなのだ?
「自分の出身地もわかんねーのかよ」
 馬鹿にしたように絵梨の返答を急かすのは、リトではなくコウだった。絵梨はこの発言にカチンと来る。コウの方はあえて見ず、リトだけを見つめる。少し迷った末、絵梨は答えた。
「日本よ。T県の、学校にいたのに、気付いたらここに来ていたの」
「ニホン?」
 やはり、リト達に日本という地名は通じなかった。予想通りだが、余計不安が募る反応だった。
「日本よ。地球の、島国よ……わからないの?」
 確かめる意も込めて、もう一度絵梨は言った。リトが軽く首を傾げる。
「聞いた事がないな。チキュウ?」
「しらねーよ、そんなヘンテコな名前の国」
 コウの挑発めいた発言は無視する事にした。絵梨はリトをじっと見つめる。
「俺はそんなに世界に詳しいわけじゃないが、まったく聞いた事のない国だな。どうも、あんた、相当遠いところから来たみたいだな。で、気付いたらって、どういう事だ? 人攫いにでもあったのか?」
「違うわよ」
 物騒な言葉が出たことに絵梨は一瞬身震いした。人攫いなんて、現代の日本であったら、大きな事件として少なくともテレビニュースになってしまう。
「階段から落ちたと思ったら、ここにいたの」
「はぁ?」
 大きな声で、コウが聞き返した。リトも眉を顰めている。
「そいつは、よくわからない話だな」
「頭おかしいんじゃねーの?」
 こいつは徹底無視、決定。絵梨は心の中でつぶやいた。
「私だって、よくわからないわよ」
「ふぅん」
 リトが顎に手を当てた。何か考えている仕草のようだった。
「あれか。やっぱり、人攫いだな」
「――え?」
 リトが突然言い出した言葉の意味がわからず、絵梨は首をかしげて聞き返した。人攫いではないと、さっき言ったではないか。リトが続けた。
「召喚術か何かで、呼び寄せられたんじゃないか?」
「ショウカンジュツ?」
 不可解な言葉が出てきて、絵梨は眉を顰める。状況が、まったく把握できなかった。
「古代魔法の一種だよ。この街は魔術師もよく出入りするからな。空間がよくゆがむみたいなんだ」
「魔法――?!」
 絵梨は今度は仰天した。今までの自分の常識にはまったくなかった言葉が、突然会話の中に出現した。声が一段大きくなった絵梨を、きょとんとした表情でリトが見つめる。
「どうかしたか?」
「魔法、があるの、この世界は?」
「お前、魔法、見たことないのか?」
 コウが驚いたように聞き返す。絵梨が何も言えずにいると、リトが説明した。
「俺らみたいな一般人には仕えないし、見たこともほとんどないけどな。身分の高い魔術師は、すごい術を結構使うみたいだぜ」
「う、そ――」
 自分は、本当に、地球ではない世界に来てしまったのだ。
 絵梨は呆然として、言葉を失った。

Copyright(C)2006- 碧 All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system