ついのべ まとめ







ついのべまとめ       



美しい青の星ばかり描く画家は、曇りの夜にしか天文台に向かわない。何を見ているのと尋ねれば、夢をみていると返ってくる。遠い昔に僕らの祖先が捨ててきた僕らの大事な故郷の夢を。分厚い雲に遮られ、画家は真の地球を未だ目にした事がない。エウロパは常に木星を周回する。
ルドルフは100通目のお祈りメールを受け取った。前代未聞の就職難時代だった。温暖化でクリスマスに雪が降らず、トナカイの需要が減っているのだ。そんな彼にサンタのおじいさんは言いました。起業すれば?10年後、そこには一部上場した(株)ルドルフ・サーフボードの姿が!
サンタさんはどこから来るの、と無邪気な子供が聞く。サンタさんは北極に住んでるんだよ。今度の遠足で北極に行くよ、会えるかなあ?サンタさんは地球の北極に住んでいるし、シャイだから姿を見せたがらないのさ。聖なる夜、エウロパの子供たちはこっそり望遠鏡を覗く。
サンタさんに何をお願いするのと言われて、残酷な子供だった私はパパとママが欲しいと言ってしまった。わずかな期待と後悔で眠れなかったイヴの夜、寝室に忍びこんだ悩めるサンタと目が会ってしまった。謝りながら泣き出した叔母に抱きついた時、私は初めて彼女をお母さんと呼んだ。
ソコナシノツボを買った。大掃除で出てきた「どうしても捨てられないもの」を入れるのだ。学生時代の悪乗り写真とか、絶縁した友人からの年賀状とか、元彼からのプレゼントとか。詰め込んでから耳を当てると泣き声やら笑い声やらが入り混じって気持ちが悪くなったので、壷ごと捨てた。
年の瀬の月のウサギは大忙し。白いお餅をぺったんぺったん。正月までに地球に送らなきゃ。たまにはゆっくり初日の出を見てみたいけど、今年も忙しくて年末年始は無休です。青い故郷の星がすっかり夜空に上がるのを一息つきながら眺めて、月の労働者の帰省ラッシュが始まります。
地を燃やし空を駆けて世界を轟かせた夢を見ている。人々が自分を畏れ敬った日々の夢。春と夏と秋を過ぎ、冬の訪れと共に眠りについたと思ったら、ごんごんと鈍い鐘の音に起こされた。「俺は龍だぞ!一年頑張ったんだからもっと大切にしろ」「ねぼすけ蛇め、お前の出番は明日からだぞ」
ズルズル。大晦日、ボクの家はたぬきうどんを食べる。ズルズル。噛まないで食べて家族の健康と幸せを祈るのだ。うどん美味しい。でもあの娘の家では蕎麦を食べてるんだろうなあ。ズルズ…あっ。そんな事を考えてたらうどんを噛み切ってしまった。どろん。キツネの姿に戻ってしまった。
生まれ変わったらりんごになりたかった。寿司のしゃりとネタの間に挟まれていたあの頃。我が侭な子供に取り除いて捨てられた時、ゴミ箱で隣になったふじりんごの芯が羨ましかった。自分も甘い、美味しいと子供に食べられたかった。なのになぜ茄子になってしまったのか…。
カエルは自転車に乗れないことを隠していた。そんなこと恥ずかしくて言えなかった。「鏡餅買ってきてよ」何気なくお使いを頼まれ徒歩で出かけたものの、スーパーは遠かった。もうだめだ年明けに間に合わない…。開いてた穴に思わず入った。これがカエルの冬眠の起源と言われています。

診断メーカーさんから貰ったお題による
碧の「ついのべ」冒頭を代筆します。「カエルは自転車に乗れないことを隠していた」
「そのイヤホン、モコモコだな」隣を歩く幼馴染にそう言うと笑われた。「これ耳あてだよ。可愛いでしょ」「何それ、耳なんか暖めてんの?」「温いんだよ。試してみる?」突然両耳を塞がれて何も聞こえなくなる。何かを囁く彼女の唇の動きだけがはっきりと見え、急に全身が熱くなった。

診断メーカーさんから貰ったお題による
碧さんの本日のお題は「耳あて」、友情以上の作品を創作しましょう。補助要素は「二人きり」、季節はとにかく冬です冬。
兄は私が生まれる前に生まれ、死んで、また生まれた。気まぐれな両親が夭折した彼のロボットを作りすぐに飽きて私を産んだのだ。それでも私にとってはたった一人の兄だった。「どこか苦しいのかい?大丈夫、お兄ちゃんがついてるよ」孫より幼い姿の兄は最期まで私の手を放さなかった。
小さな雪だるまはサンタに祈った。昨日独りぼっちで僕を作ったあの子のお家に来てください。サンタさんはお父さんなんだって、だからうちには来ないんだ、と泣いていたから。星空の下、赤い帽子の男が空から降りて来る。雪だるまに微笑んだその顔は、あの子に似ていた気がした。
「ハマチ」「あいよっ!」注文が飛んできて振り返ると、見覚えのある顔。「サビ抜きで?」「もう山葵くらい食べれるわよ!あんたが握ったのを食べに来たの」「え、あ、ありがと…」回転寿司に勤めて3年。一人前になったつもりなのに、照れる幼馴染に再会して急に昔に戻ってしまった。
母といえば酸化した油の臭いで、それ以外の思い出はなかった。深夜まで総菜屋で働く母は油臭い顔で眠る僕の頬にキスをするだけだった。働きすぎで早死にした。そんな僕が捨てられていた調理ロボを拾ったのは必然だった。体を洗って油の臭いを消してあげてから、頬にキスをして貰った。
深夜0時、悪ふざけで右の鼻の穴に入ったスナックエンドウが発芽した。ぐんぐん伸びていき雲の上に到達する。天国の食卓では父が管を巻いている。なんでぇ、やっと息子と酒が飲めると思ったら冷やかしか。左の穴に管が下りてきて酒臭い息が送り込まれる。エンドウが右から飛び出した。
あすなろ抱きは激怒した。必ず、かの壁ドンを除かねばならぬ。あすなろ抱きはバブル時代の象徴である。多くの少女の憧れで、多くの男に模倣された。必ずかの壁ドンからスターの座を取り戻さねばならぬ。だが肉体派の壁ドンについに追い詰められた。ドン!あすなろ抱きは胸キュンした。
それがただの夢なのか前世の記憶なのかわからないけど、僕は昔アヒルの子だった気がする。黄色い羽をちょこんと閉じ、熱々の湖を泳いだ。それは時々入浴剤で色が着いていたり良い匂いがしたりする。冬になるとあの湖が懐かしくなり仲間と共に南を目指すけど、どこの湖も割りと冷たい。
昨日の晩、お月さまは試しに西の空から昇ってみたのだが、誰も気付いてくれなかった上に、気まぐれに早起きしすぎた太陽とぶつかってしまった。
ある朝、気がかりな夢から覚めると、日本人になっていた。部屋の両側の窓を開けると、右からはカレールーが、左からはナンが流れ込んできた。日本人になった私はカレーにはライスじゃないと耐えられないので、部屋から脱出した。
流星群が降る夜は窓を開けてはいけないときつく言われていたのに、窓ガラスを軽快に叩き続ける星の輝きを見ていたら、開けてみたくなってしまった。部屋に入り込んだ一粒の星の欠片は、叶うことのない恋の願いを込めて激しく輝いて消えた。それからずっと僕は悲しい恋ばかりしている。
窓枠のアルミサッシはいつだって濡れそぼっている。初恋に酔う呑気な部屋の主のため息や、ちょっとした喧嘩で荒くなった鼻息や、別れ話で流した涙が部屋に立ち込め空気中に拡散してゆき、ついに冷たい冷たい部屋の隅っこできゅっと純粋な水になったのを、ずっと全身で受け止めている。
夜の遊園地でホットドッグを買ってはいけない。そのパンに挟まれているのは、昼間響き渡っていた叫び声の塊です。だらしなくはみ出た舌のような赤色はなんだと思います?一度食べたら、あの世との狭間の夢から覚める事はできません。
末の弟は呑気ないたずらっ子だった。どうしてそんなに忙しそうなの?と言って私の影を縫い、無邪気に笑っていた。仕事の邪魔をするなと叱ってもどこ吹く風。あの日、あの疲れきった体で家を出ていたら今頃どうなっていたか。命を救ってくれた弟は今日ものん気に誰かの影を縫っている。

診断メーカーさんから貰ったお題による
碧は『影縫い』です。髪は薄紅色。瞳は蒼色。暢気な性格で、太刀を使用します。仲がいいのは『骨董屋』、悪いのは『奏者』。追加要素は『末っ子』です。
言いそびれた言葉をため息に変えて。白い吐息を六角の結晶に変えて。忘れかけた胸の痛みを希望に変えて。根雪が融ける頃、朝もやが天に昇ってゆく。
火星の人魚は砂になった。遠い金星の王子さまに儚い恋をして敗れたのだ。輝く涙と美しい鱗がさらさらと音を立てて星じゅうを覆い、大地を真っ赤に染め上げていく。それから百億と千億の時を越えて青い地球からやって来た科学者は、僅かな水の痕跡を辿ってまだ見ぬ生命の姿を夢想する。
図工の課題は「地球の絵」だった。皆が青と白のマーブル模様の球体を描く中、僕の絵に先生が不思議そうな顔をする。緑の大地と青の空が広がる風景。「死んだじいちゃんが、地球はこんなだって言ってたから」と言うと先生は「お爺様は地球で生まれた最後の人だったものね」と微笑んだ。
口下手な恋人が遺していったものは全て庭に埋めた。言葉も少なければ持ち物も少ない人だった。季節が巡り、雪が融け、彼の遺品の球根が発芽して生長してゆく。やがて開いた真っ白な花の中から、指輪がひとつ転がり落ちた。本当は彼の言葉を聞きたかったのに。私はそれを薬指にはめる。
ガラス張りの海底で夢を見ている。お父さんと手を繋ぐ白いワンピースの君。無邪気に笑う小さな君が、いつの間にか見知らぬ少年の隣ではにかんでいる。ガラス張りの海底でそれを見ている。君が一人で流す涙が真珠になる時を。僕が泡になり消える頃、君の青い春も終わる。
冷蔵庫の蜜柑が腐っていた。かわいそうなので僕が隣にいてあげることにした。
「おい兄弟、豆食いに行こうぜ」「いいけど、どこへ?」「あの赤い屋根の家さ。毎年この時期になると子供がオニワソトとか呪文を唱えながら庭に大豆を撒いてるんだ」「あの家か。鬼みたいな夫婦がよく怒鳴り合ってるとこだろ?」「ああ、子供がいつも泣いてる」クルッポークルッポー
読書好きの彼女を真似て、難しいと評判の推理小説を買ってきた。読んでも読んでもさっぱり理解できず、話の半ばで夢の中へ。口の端からよだれが流れ出て机に拡がる。うつ伏せ死体の形の染みに、消化不良だった言葉たちが降り注ぐ。比較的易しい謎解きミステリーが今、机上で始まった。
ちょっとした出来心だった。牛乳を絨毯にぶちまけた。そうしたら前に溢した水銀を無毒化できるかと思ったのだ。でも結局、牛乳の不快な臭いが絨毯にこびりついただけだった。わかっていたのに何故こんな事をやらかしてしまったのか。
みかんの食べ過ぎで黄色くなったからと言って、彼はもうずっと私に手のうちがわを見せてくれない。
神さまの井戸水には、真夜中に地上の人々が見た夢が溶け込んでいる。朝、日の出と共に水浴びをするとき、神さまの髪がきらきら綺麗に輝くのは、みんなの夢見が良かった日。悲しい夢は乾きが悪いから、水がいつまでも滴り落ちて、地上は雨降りになる。
7月の放課後。憧れの彼と偶然二人きりになれたのに、話題が見つからず気まずい沈黙ばかり。「天気いいね」苦し紛れに空を見上げる。その時入道雲の向こうからザブンという音がした。空飛ぶくじらが潮を吹く。天気雨の中、彼と目が合った。それから私達の沈黙は心地良いものになった。
よだれの雨が降ってきた。糖に変身してしまった。僕はデンプンだっんだ…。
その池はとってもドロドロしている日と、とってもドロドロしていない日がある。足を突っ込むまでどっちなのかわからない。ぬかるみにはまって死んだ。明日もまた生き返る。
つみびとは死んだら船に乗る。天のエーテルを渡って月に往く。生前に、振り払った親切な人の手とか、引っ張った足とか、泥を塗った顔とか、痛めさせた母のお腹とか、色んなものがぷかぷか浮いているエーテルを渡る。それを見て胸を熱くなどしてはいけない。業火が燃え上がってしまう。
義眼を買うにはお金が足りなかった。肩を落とした帰り道、幸せそうな親子の声が聞こえた。今日は流星群が降る日なんだって。私は瞼を押し開けからっぽの眼窩を空に向ける。やがて真っ暗な世界の中に一筋の光が近づいてきた。それから私の瞼の裏には70億人の願い事がひしめいている。
その南の島では月のない夜に外出してはいけない。決まりを破るのは元より光を知らない少年だけ。皆が息を潜める深夜、こっそり島中の捨てられた椰子の実を拾い集める。その南の島では満月に椰子の木の影を見る。少年はそっと椰子の実に耳を当て、まだ見ぬ月の姿を夢想する。
チヨコレイト星にはカカオの木ばかりが生えていて、ロボットが世話し、収穫し、加工している。毎年この時期になると熱心な金持ちのお嬢様が特注のチョコを引き取りに来る。笑顔だったり緊張していたり。今年はどんな顔をしてるかしら。単純労働を365日続けるロボの、唯一の楽しみ。
交尾を終えた。食われた。僕はセアカゴケグモだったんだ…。
もう十分だ、ありがとうと言われた。私、良い奥さんにはなれませんでしたか?戸惑いながらそう聞くと、夫だった人は静かに首を振った。君がとても良い妻だったから、僕は立ち直れたんだ。前の奥さんの死を受け入れたご主人様は、私と同じ境遇の夫ロボを探してきて、結婚させてくれた。
夢ばかり見ていて目覚めるタイミングを逸した。華やかなスターだったり、平穏な生活だったり、ドラマの末の恋の成就だったりした。目隠しをすれば、楽しい音楽や都合のいい言葉や歯の浮く愛の囁きだったり、した。耳栓をすれば高級珍味。舌を抜いたので、今は孤独な情事に耽っている。
アルビノの少女が笛を吹く。美しい音が、干ばつの続いた憐れな村に響き渡る。枯れ木が徐々に色を取り戻し、緑を繁らせ、瑞々しい実をつける。少女の目と同じ赤の実が輝く。感謝する人々をあしらい、少女は村を後にする。旅の途中、一人きりで笛を吹く時、何故かいつも音は掠れている。

診断メーカーさんから貰ったお題による
お題は【照れ屋な楽器】と【白髪の少女】で、テーマは【種をまく】です。
文字の無い辺鄙な村に生まれた孤独な娘は、旅人に名を聞かれて道端の白い花を摘んで差し出した。声が出せなかったから。旅人はその花の自国での呼び名を娘の名前にした。それは大陸中のどこにでも咲いている地味な花なので、旅人は国から国へ渡るたびに娘の新しい名前に出会っている。
狼男は早く帰りたかった。今夜は新月なのに、昼間近所の子供らに自分の正体をばらしてしまったのだ。変身してない姿を見られたら嘘つきと罵られる…17時、就業のチャイムと同時に職場を去ろうとした時「君ぃ、まだ仕事残ってるよ」フルムーンフェイスの上司が現れた!彼は変身した。

診断メーカーさんから貰ったお題による
碧の「ついのべ」冒頭を代筆します。「狼男は早く帰りたかった」
古いもの好きの父さんはお金の使い方を知らなかった。僕の心臓は父さんがオークションで買った高いけどレトロなヤツだった。僕はいつも電車で携帯をいじっている少女を見てドキドキしていた。そしてある日心臓は止まった。最新式のペースメーカーなら恋も心臓麻痺も起きなかったのに。
ビニール傘は遠いところからやってきた。どれぐらい遠いのかと聞くと、ここに飛んでくる前は雨が降っていなかったのよ、と言う。風の強い日に桜の木に引っかかってから、傘はずっと散りそびれた花の上に広がっている。遠いところから落ちてきた雨粒は透明のビニールを滑り落ちている。
僕の家には僕にしか見えない十歳ぐらいの幽霊がいて、小さい頃一人で留守番する僕に本を読んでくれた。隣の部屋には本棚があり、僕らは一緒に本を読みあさった。僕が成長すると、僕の読む本は幽霊には難しくなった。やがて絵本作家になった僕は十歳で死んだ姉の本棚に本を並べている。
港町の端っこの、倒壊寸前の古い教会をぼんやり見上げていた。知らず口が開いていたらしく、唾を飲もうとしたら砂のじゃりっという音がした。それからまた船底に押し込まれ旅に出る。神は信じていないが、嵐が来るたびに唾をぺっと吐き、砂の残骸を探しては、祈りを捧げたりしている。
時折、月を憎んでいた頃を思い出す。それは繰り返し見た夢で、いつか確かに覚えた胸の痛み。初恋の人が還っていった月。ひときわ高い山で目に染みた煙。千年の生を繰り返した。カメラで撮ると魂を奪えると信じていたのはいつだったろうか。今は隣にいてくれる君に満月の写真を見せる。
羊たちは決起した。近年、人間たちの不眠症患者急増に伴い羊の需要が増えているにも関わらず、給与が上がらないどころか残業代すら出ない始末である。就労条件の改善を!羊たちは丘の上に集まり列をなして街へ向かう。青空の下、労働者たちの悲痛な叫びがこだました。メェー!デェー!
浜辺の詩人は小枝を拾う。鴎の声に耳を傾ける。湿った砂に文字を書き付ける。何度も何度も言葉を重ねる。漸く出来た傑作をノートに書き付け、詩人は立ち去る。白い波が押し寄せてきて、捨てられた作品の残骸をさらっていく。海底に沈んだその一文字一文字を深海魚達が口に含んでいる。
目も耳も鼻も口も潰されてしまったので、全身で潮風を感じている。山奥で生まれ、静かな祭壇に飾られていた。太陽の使者として崇められた。金で出来た人形だった自分は、異国の暴徒に潰されて金の延べ棒になった。目も耳も鼻も口もないので、今は闇の中で異国の暮らしを想像している。
坊や〜良い子だ添い寝しな。夜勤で帰ってこないママが恋しくて泣いている少年の枕元に、おっかない龍がやってくる。少年は龍を布団に招き入れる。夜明けが近づくと、添い寝してくれたお礼だと、龍はひげを一本握らせてくれる。大人になった彼のほくろには時折白い毛が一本生えている。
眠っているのは羊で、数えられているのは私だった。誤解を解くのを放棄した私、汚い嘘に目を瞑った私、海の向こうで失った友を思う私、父との最期の会話を後悔している私…羊の寝息の狭間に無数の眠れぬ夜が漂っている。流しそびれた涙の数を数えている。
バイト仲間と開いたホームパーティー。お節介な友人が憧れの彼の隣に私を座らせてくれたんだけど、料理が苦手な私は皆みたいに上手く餃子の皮が包めない。ホットプレートの上で餃子が爆発しひき肉とキャベツは昇天し今は夜空から私の恋の行方をを見守っている。
今日はここまで、とお母さんが本を閉じる。いやだ、もっと読んで、と子供達がせがむ。だめよ、早く寝なさい、続きは明日ね。そうやって暗くなった部屋で兄弟はまだ起きていて、物語の続きをあれこれ語り合う内に眠ってしまう。夢の夜空に新たな物語が描かれていく。
星は見守っている。迷いや悩みを抱え眠れぬ人々を。時折、ただ見ているだけでは辛くなる。今夜は遠距離の彼と喧嘩中で寝不足のツンデレ少女の脳に直接語りかけた。「電話を…電話をするのです…」「な、なんなのあんた、うざっ」迷惑がられた星は涙した。星空なのに雨が降っている。
ちりとり星は、夜空一面に零れっぱなしの星屑を腹の中に溜め込んでいる。叶えられなかった願い事や忘れられた願い事、ささやかな、熱い、冷やかし、全部放っておくと夜が眩しくなってしまうから掃除をするのだ。そうしてお腹がいっぱいになると、集まりすぎた沢山の願い事が爆発して、
じゃがいもはずっと目を瞑っている。こっそり抜け駆けしようと土から芽を出したら、おてんとさまに睨まれたのだ。慌てて土に戻っても後の祭。それから人間たちに掘り起こされ、台所に連れて行かれて、包丁で取り除かれている間も、じゃがいもの瞳の奥ではギラギラと太陽が燃えている。
後部座席に座って、エアエンジンをかける。エアサイドブレーキを降ろし、エアブレーキから足を外し、エアハンドルを切りながらゆっくりとエアアクセルを踏む。眼前にはいつまでも動かない運転席の背もたれが立ちはだかるっている。特売の発泡酒のプルタブを引く。エア飲酒運転をする。
古臭い銀色のゆたんぽの中を覗くと真っ赤な顔が入っていた。最近までゆたんぽをゆたぽんだと思っていた君が、間違いに気付いて茹で上がった時の顔だ。もうすぐ春なのでこれぐらいの温度が丁度いいかもしれない。
トロイの木馬は激怒した。20世紀の仮想空間ではういるすなるものが流行し、トロイの木馬と名づけられているらしい。けしからん!本物のトロイの木馬の恐ろしさを未来人に見せてやる!大勢の兵隊を乗せた木馬はタイムマシンに乗り込んだ。いつへ行くの?今でしょ!
親の都合で1ヶ月だけ滞在する予定だったから、会話はできてもその国の文字は覚えるつもりがなかった。あと1週間というある日、教室の隅に一人でいた私の所に彼はやってきた。教科書の文字を一つずつ指さし「俺の名前」とはにかんで。だからあの国の字は未だに3文字だけ知っている。
執事ロボはお嬢様が眠れるようにつまらない話をするのが仕事なので、サッカー部の山本君と隣のクラスの鈴木さんが付き合っているという話を聞かせてあげた。本当はお嬢様は静かに泣いていたのだけれど、執事ロボはお嬢様が眠ったのだと思ったので、ひっそり夜が明けるのを待っていた。
真昼の光を強く浴びて、桜が妙に白く見えた。はらはらと落ちてくる花びらがいつか北国で見た雪に似ていたので、もっと降ればいいのに、もっと降ればいいのにとはしゃぎながら子供たちが桜並木の下を駆け抜ける。
俺は海で生まれ育ったから川の魚なぞ食べないのだと意地を張るから、土産に買ってきた鮎菓子を皿の上に並べてやった。甘党の彼は、わざわざ、鮎は海にもいるから、と言い訳をしてから銛に見立てたフォークを突き立てる。山育ちの私は川魚を手づかみする。
きしめんって食べたことないんだよね、どんななの?と聞くと、隣にいた君が、あれは言葉じゃ言い表せない、一度食べてみないことには…と言う。青空を見上げれば真っ白で長い長い飛行機雲。あんな感じ?そうだね、あんな感じかも。二人で春の空気をすすった。
久々の転校生のニュースに、男子達は色めき立った。今こそ古典によくある「パンを咥えた転校生と衝突する」状況なるものを再現したい!男子達は文献を読み漁る。見よう見まねで作った古代のパンを、洗濯ばさみで吊るしてみる。いよいよ火星の飛行場に地球からのロケットが降りてきた。
いびつな鶴は今日はちょっとだけ調子の良いあの子のため息をお腹に溜め込んで、こっそり病室の窓から飛んでいく。風を切り、緑の街を、桜並木を、沈む夕日を、一番星を、青白い三日月の姿を全身に焼き付ける。病室に残れた999羽の鶴たちがその夢をあの子に見せてあげられるように。
ようやく見つけたオアシスの水を両手で掬い取ると、水面に晴れ渡った空の色が映っている。「ねえ知ってる?海ってこんな風に青いんだよ」と右手の小指が言うと「違うよ、もっともっと青いんだ」と左手の中指が反論する。右手の人差し指は黙って、まだ行ったことのない道を差している。
天使が通り過ぎた。騒々しい教室に突然一瞬の沈黙が訪れる。押し寄せた波が引いていく時のような力で、私の視線が背後に攫われる。こちらを見ているあなたと目が会う。足元の砂が連れ去られるような、心もとなさに襲われる。再び迫った喧騒の波に慌てて友人らに向き直る。
暴走した豪華客船には十分な救命具が積まれていなかった。優先順位を付られた船員が次々に脱出していく。残された者のため、意思を持ったステレオが音楽を流し始める。船員達がそれに寄り添う。やがて船が墜落した遠い遠い星では、いつまでも音楽が流れ続けている。
難しい手術の前の晩、星を見ながら同じ部屋の子に聞いた。「死んだらお星さまになるって本当かな」「夜空は広いから迷子になるよ。でも二人ならなれるかもね」手術の日、彼と空を歩く夢を見た。「やっぱりここからは僕一人で行くよ。またね」それから50年、僕は星空で彼と再会する。
ブリキの兵隊さんは真夜中に動き出す。恋人の目を探しに棚の裏やレゴのお城やシルバニアさんのお宅へ出かけるのだ。暗闇で見つけた綺麗な青いビー玉を手渡すと名もなきウサちゃんは怒り出す。「嫌よ、私の目は赤色よ」兵隊さんのポケットには可愛い黒目があるのにずっと渡せずにいる。
天気雨の昼下がり、青空の狭間の雲たちには時折わたあめが紛れ込んでいて、お日さまの熱で溶けて砂糖水になったそれが滴り落ちてくるから、誰にも気付かれないようにそっと空を見上げていると口の中がほんのりと甘くなることがある。あくまで神さまの気まぐれだから、運がよければ。
晴れときどき怪獣、の天気予報が聞こえてきたら、子供たちは近所の公園や町や山へ駆け出し、大人には見えない小さな怪獣を捕まえる。怪獣は、吐き出しそびれた怒りや悲しみのために代わりに暴れてくれる。皆忘れているけど、どんな大人の胸にも自分だけの泣き疲れた怪獣が住んでいる。
ちょうちょ結びが野原を飛んでいた。ひらひら。ひらひら。れんげの花でちょっと一休みしている。出来心で、ちょうちょ結びの一本の足を引っ張ってしまった。ちょうちょ結びは一本の紐になって死んだ。私の残酷な指先は花の蜜の名残りでいつまでもべたついている。
ゼロコブラクダは算数が苦手だ。ゼロという数字は知っているが、それ以外の数字についてはなんにも知らない。哀れに思ったヨツアシガニが、足し算を教えてくれた。「お前の足は4本あるだろ?俺の脚も4本ある。これらを足すと、8本になるんだ…」「えっえっ」チョキチョキチョキ…
いつか手が生えたら、という約束は破られた。今度足が生えた時、という約束も破られた。尻尾が消えたら、という約束もきっと果たされない。わかっている。それでいい。もうすぐ消え失せるあなたの尻尾に、こっそりと歯形をつける。やがてあなたは私を置いて陸へ出て行く。
ゼロコブラクダの足は4本ある。ヨツアシガニの足も4本あるのでそれらを足すと8本になるらしい。「でも変じゃない?ラクダとカニの足は一緒にならないよ」そう言うとヨツアシカニはため息をつく。「馬鹿だなあ。そんなだからお前はぼっちなんだよ」カニはラクダの背中に飛び乗った。
父さんは綺麗ごとばかりだった。僕がタカシ君のミニカーを盗んだ時、タカシ君もタカシ君のパパも許してくれたのに、父さんだけが泣きながらずっと僕を殴った。父さんが死んだ時、墓に飾る花がないから近所のデパートから一輪盗んだ。貧乏で父親思いの僕を許さない人は誰もいなかった。
遠い昔、1億光年先の巨人族の星が爆発した。最期の丸一日、そのいかつい顔に似合わず音楽を愛する彼らはずっとレコードを聞いていた。宇宙で迷子になった時はそっと耳をすましてご覧。巨人族のレコードの針が、流星群や宇宙ゴミやブラックホールに触れて音楽を奏でているはずだから。
この星はもうおしまいです。新型感染症の治療法は見つからず、すべての人類の肺が水で満たされ死んでしまいます。私が先に死んだら、宇宙葬にしてくれますか。一番好きなヒヤシンスの球根を胸に植えて眠ります。いつか花でいっぱいになった小型ロケットが、遠い星に辿り着くまで。
あの桜の木、一本だけで寂しそう。近所の公園の年老いた桜を見た娘がそう言って、おやつに食べたサクランボの種を根の周りにせっせと植える。毎日、毎日。甘い匂いに誘われ、蟻が、蝶が、鳥が、好奇心旺盛な子供たちが集まってくる。翌年の桜は、いつもより鮮やかなピンク色になった。
遠い昔の前世の記憶。小さな村で、男勝りな幼なじみが言う。あんたが女で私が男だったらよかったのに、神様にお願いしてくるよ。そして女人禁制の神山に入って行方知れずになる。それからずっと彼女を探してきた。教壇の転校生はとても凛々しい男の中の男の子。やっと、君に会えた。
出来の悪い娘だった。行儀よくできず友達のママに嫌われる、お受験に失敗して笑われる、お手伝いが出来ず祖母に叱られる。貯金箱を持って花屋に行ってもカーネーションが買えなかった。情けなくて泣いている私を母がそっと抱きしめる。そのままで良いのよって言いながら。
ACTGTAAG…その日、宇宙のあちこちの惑星から、宇宙ステーションから、ロケットから、その文字列が一斉に発信される。反目しあうあらゆる知的生命体が、この日ばかりはたったひとつに感謝する。遠い遠い自分達の祖先が産まれた星へ、送られるカーネーションの遺伝子配列。
息子が失踪したと聞き、慌てて駆けつけた東京のアパート。汚く散らかった部屋ではセキセイインコが力なく繰り返している。「カアチャン、カアチャン、タスケテ、カアチャン…」知らなかった、息子がそんなに苦しんでいたなんて――「ケイサツダ!フリコメサギノヨウギデタイホスル!」
そんな風に泣かないで。夜は必ず明けるもの。ぼんやりとでいいから目を開けて、その闇を見つめてご覧。夜と朝の境界がそこまで来ている。この世界の一番一番暗い処。一日で最も深い暗闇こそが、夜明けの前触れ。そう言って彼女の濡れた頬に触れれば、絶望の淵から温もりが戻ってくる。
拘りの強い夫が家中の壁を白く塗り潰し半年が経った。柄物の壁紙はだめ。汚すな。絵を飾るのもいけない。白に囲まれ続けて発狂しそうだ。頼み込んでやっとオブジェを一つ飾らせて貰えた。吊るされた男が虚ろな目でこちらを見ている。夫?生きてるんじゃないですかね。まだ目が黒いし。





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