第一章

トナシバ!


 ローブを羽織った少女は、おそらく美冬と同じ16、7歳ぐらいの姿に見えた。黒いフードを羽織っている上に部屋が薄暗いせいでよく見えないが、明るい金髪に白い肌、緑の目をしている。かわいらしい顔立ちをしていた。
「はじめまして」
 言いながら、その少女は美冬の前でしゃがみこんで膝を立て、目線を美冬と同じ高さにするとにこりと微笑んだ。
 学校のクラスに必ず一人はいる、男子の話題を独占してしまうような魅力的な微笑みを持つ少女だった。声は少女にしては少し落ち着いた声音だが、とても澄んでいて綺麗だ。同性だというのに、なぜか美冬は一瞬頬が熱くなった。
「は、はじめまして?」
 その微笑に動揺して、思わず美冬は挨拶を返してしまったが、声が不自然に上ずった。さらに頬が火照ってしまう。なんだか恥ずかしい気分になって美冬の目が潤んだが、目の前の少女はさらに機嫌よさそうに微笑んだ。
「セルフィ・エル・リガータと申します。普段は辺境の村で占い師をやってますの。今日は、亡きアイシア殿下のご遺言で、あなたをお迎えするためにこちらまで参上いたしました」
「へっ、え、う、占い? でんか?? お迎え?? え?」
 すらすらと訳のわからない事を言われ、美冬はその中から辛うじて聞き取れた言葉を反射的に繰り返した。全く訳がわからない。そこで、ようやく第三者の声が聞こえた。
「ちょっとまて女、この奇妙な格好をした女がそうだっていうのか」
 ローブを羽織った少女の背後に立っていた二人のうち、美冬より少し年上と思われる男性の声だった。思わず美冬はそちらに目を向ける。背は高く、180cmはあるのではないかと思われた。黒いショートカットの髪に、黒い目、白い肌、最近若い女性に人気のハリウッド俳優に似た整った顔立ちをしている――が、不機嫌そうな表情にものすごい威圧感があった。これは、ハリウッド俳優になっても人気は出ないだろう。
「女じゃなくて、セルフィって名前があるって何度言えばわかんのよあんた、それに変な格好って――」
 セルフィは一度その男に目を向けて怒鳴った後、ゆっくり美冬に視線を戻し、美冬の制服姿を観察し――
「む、確かに」
「え、え、え」
 苛々しているのがダイレクトに伝わってくる男の視線と、セルフィの視線が自分の制服に向けられている状況がわかって、美冬はパニックになった。
「あの、あの、これ、学校の、制服なんです」
「制服? 学校?」
 美冬の言葉を反芻したのは、それまでずっとだまっていたもう一人の少女だった。あどけない顔立ちをしている。肌の色は美冬と同じ色だったが、髪も目も明るい茶色で、ここが美冬の学校だったら間違いなく校則違反で生徒指導室に呼び出しだ。
「あの、その、私、えと」
「え、ちょっとまって……学校? 学校に行ってるって、あなた……貴族の娘か何かなの?」
 セルフィが軽く眉を顰めて美冬に問いかけた。貴族なんて聞きなれない言葉が飛び出して、思わず美冬の声が上ずる。
「え、貴族? そんな、うちは普通の家で、高校ぐらいは、だって、誰でも行くじゃないですか」
「待って、あなた、今までどこにいたの? 私はこの国の辺境のどこかから適当にアイシアぐらいの年頃の女の子召喚したつもりだったんだけど」
「え、国って、ここ、日本じゃないですよね?」
 とりあえず現時点で一つだけわかっている事を美冬は確認した。目の前のセルフィと名乗った少女と青年は肌の色からして明らかに日本人ではないし、3人とも中世ヨーロッパを思い出させるような時代錯誤な格好をしていた。すらすら日本語をしゃべっているのに、美冬の着ているきわめてオーソドックスな形のセーラー服を「変な格好」呼ばわりするぐらい、美冬と常識が共有されていない。
「ニホン?」
 聞きなれない言葉を聞いたという反応をするセルフィの後ろで、少女は首を傾げ、男が大きくため息をついた。
「術に、失敗したようだな」
「嘘ぉ?!」
「そのようですね……ニホンというのがどこかは存じませんが、その方はとても遠いところからいらっしゃったみたいですね」
「あの」
 状況が全く把握できない美冬の頭はそろそろショート寸前だった。自分は、何かとんでもない事に巻き込まれているようだ。全く見知らぬ世界にいきなり連れて来られて、これは何かの夢なんじゃないだろうか。そう思うと同時、足元から石造りの床の冷たい感覚が伝わってきて、これが明らかな現実だと思い知らされる。
 急激に不安が募って、泣きそうになった。
 ずっとセルフィの後ろに立っていた少女が、ゆっくり歩いてきて、美冬の隣にしゃがみこんだ。
「姫様はこんな短いスカートはお召しになりませんでしたが……あなたの黒髪、姫様と同じで、とても綺麗です。遠いところからいらして、お疲れでしょう。今、暖かい部屋にご案内しますね」
 その言葉を聴いた瞬間、何故だか必死にこらえていた涙が溢れ出して止められなくなった。状況はまだわけがわからなかったが、一つだけ、黒髪という美冬の存在を認めてもらえた。そう思った瞬間、ほんの少しだけ、安心できて。


Copyright(C)2006- 碧 All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system