第一章

トナシバ!


 そういいながら、セルフィは懐から何かを取り出した。彼女以外の、その場にいた3人の視線がその動きに集中される。
 取り出されたのは、紫色の絹に包まれた何か――セルフィはゆっくりと、絹を取り払った。
「さっきも言ったけど、私の生業はこれだからね」
「これ、とは?」
 セルフィの言葉にピンと来なかったらしい少女が、すぐさま聞き返した。
「占いよ。すなわち、宿に泊まっていた私のところに訪ねた客の目的は、私の占いってわけ」
 なるほど、と美冬は思った。
 現代日本でも水晶相手に占いやなんて気取ってる謎の女性は時たま町で見かけるが、それで生計を立てているとは思えない。しかし、自分はどうやら見知らぬ異世界に紛れ込んでしまったらしく、ここでは占い師という仕事は生活していくための収入が十分に見込める職業であるらしい。
「ちょうど今の私みたいにね、フードつきのローブで、いかにも人目をしのんでるって感じの衣装でさ、周りもちょっぴり不審の目で見てたね――最も、私はその客人の事を前もって水晶で予知していたから、驚かなかったんだけどさ」
「それが、アイシア殿下だったのか」
「そうそう、話がわかるじゃない、あんた」
 男の言葉にセルフィはご機嫌で返した。そこで、はっと気づいたように、少女が声を上げる。
「そういえば! 三ヶ月ほど前に、姫様が私どもの目を盗んで勝手に城を抜け出して、ひそかに騒ぎになったことがありました。覚えてらっしゃいますか、カイン様!」
「あ、ああ……そういえば、あったな。あの時は、心臓が止まるかと思ったもんだ」
 黒髪の男はカインという名前であるらしい事がわかった。美冬は口の挟みようがないので黙っている。
 二人の様子を一瞥した後、セルフィは続けた。
「そう。アイシアは、どうしても知りたい未来があって、あんた達に心配をかけるのをわかっていて、無茶して城を抜け出したの
 それにいても、生まれつき病弱なお姫様っていうから、てっきり大人しいお嬢様かと思ってたら、あの子、とんでもないじゃじゃ馬よね。私に出会って開口一番目が『あなたが国一番の占い師と聞いたから来たのよ。私が何を聞きに来たのか、わざわざ尋ねなくても判るんじゃない?』って台詞だったんだから。私も思わずむっとしちゃったわよ」
 そこまで言うと、セルフィは一度肩をすくめて、また紅茶に口をつけた。一国の王女の話をするには、ずいぶんと大きな態度ではないだろうか、と美冬は思ったが、この国の常識など美冬には知る余地もないので、なんともいえなかった。もしかしたら、この国はそういう流儀なのかもしれない。
「それで、殿下は一体、何を聞きに」
「死期よ」
 セルフィの顔から、一瞬笑みが消えた。静かな声だった。
 次の瞬間、部屋が一気に静まり返った。
 急に落ちた沈黙に、美冬は一瞬身がすくむ。
 そうだ、そういえば、だ。
 はじめてセルフィが美冬に話しかけたとき、こう言わなかっただろうか。
『亡き』アイシア殿下の命で――と。
「あの娘、ほんとに賢い子だった。私、あんなに賢くて悟りきってる子、見たことなかったわ」
 ゆっくりとセルフィが口を開いた。先ほどまでの、横柄で少しジョークが混じった声音ではなかった。
「わかってたのね。自分の体調が段々と悪くなっている事――死期を知って、王女としてやらなければならない事をそれまでにやり遂げなければならないこと――」
 セルフィは急に、視線を美冬に向けた。まっすぐに目が会って、美冬は一瞬どぎまぎした。
「目を見れば、わかるのよ」
 美冬をみつめたまま、セルフィは言う。
「私には、わかったわ。彼女が己の欲だとか、恐怖だけのためにそれを聞きに来たわけではないこと――そして、彼女が横たえている運命を受け止められるだけの精神を持っている事――だから、言ったの。あなたの余命は、今日を入れて丁度2ヶ月半よ、と」
 美冬は、その光景を想像してみた。
 話の舞台になっている、この国の宿とやらを想像するのは難しい。
 でも例えば、近所にある総合病院に検診に行くとする。検査が終わり、担当医が待つ診察室に入る。深刻な面持ちで、医師が告げる――余命2ヶ月半です。
 身震いがした。自分には無理だ。そんな事を言われたら、パニックになるだろう。死は恐ろしい。自分がこの世界からいなくなるのが恐ろしいし、自分がいなくなることで、友人や家族が悲しむと思うと、恐ろしい。
「それで、王女さまは、なんて?」
 思わず美冬は聞いていた。セルフィは、アイシアという王女はそんな運命に耐えられる人だと判断したというが、美冬にはにわかに信じられなかったのだ。
「黙ってたわ」
 一瞬、言葉を選ぶようなしぐさを、セルフィはした。
「ええ、しばらく黙ってた。けど、こう言ったのよ。『リクォール国の王女が、今消えるのは困るわ』って」
「――え?」
 その意味が、一瞬わからず、美冬は思わず眉をしかめた。
 自分が、ではなくて、リクォール国の王女が、とは、変な言い方をするものだ。
「王女がやらなければならない公務が、ごまんとあるのよ、この国は」
 少しセルフィの声音が明るくなった。あきれたような声だった。
「私には難しいことはわからないけどね。ただ、アイシアは今自分が死ぬと、その公務をこなす人間がいなくなるって事を危惧してた。それで」
「それで、召喚術で姫様の身代わりを探すことになったのですね」
「そそ、そういう事」
 合いの手を入れたのは、紅茶を入れてくれた少女だ。
「そのときに約束させられたのよ。自分が死んでも、事が公にならないように、隠ぺい工作を頼む、ってね。あの子も無茶言ってくれるわ」
 セルフィは肩をすくめた。そして続ける。
「遺体はアイシアがなくなった後すぐに私が隠した。あとは身代わりとなる少女を探す――なるべくなら、すぐに事情を飲み込んでくれる、この国の女の子がよかったんだけれども」
 段々と、美冬にも事情が飲み込めてきた。
 つまるところ、なんだ。
「偶然他の世界から呼び出しちゃったわけだけれど、とにかく、あなたは私の術に選ばれたの。アイシアの代わりに――この国の王女にならない?」
 そういう事である。

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